
私は、ブログでチョクチョク会社のことを
ネタにして
記事を書いています。
今回は、過去記事をブラッシュアップして
再投稿しました。
言葉が躍っていますが、
組織の深層にある理不尽は、そう簡単には
変わりません。
今年、私の心に深く残っている仕事の思い出は、
ある課長が言った「無能な上司」についての
愚痴でした。
「現場がこれほど困っているのに、
部長は何もしてくれない」とのことです。
私は改めて「上司という生き物」について
考えました。
通じないのは「能力」ではなく
「言語」のせい
多くの人は、動かない上司を「無能」だと
嘆きます。
しかし、私が思う「無能」の正体は、
能力の優劣というより、
もっと根本的な「言語の壁」に近いものです。
例えるなら、日本語が全く分からない
アメリカの方に、
私が日本語だけで「日本のルール」を必死に
説明しているような状態です。
どんなに情熱を傾けても、
最初からお互いの言葉もルールも理解し
合えない。
そこに期待して説明を繰り返すのは、
貴重な人生の時間を浪費するだけです。
2025年、私が再確認したのは
「通じない相手への説明は、早々に諦めるのが
正解である」という現実でした。
会社は、ちょっとした
「権威主義社会」である
なぜ、言葉の通じない人が上司になるのか。
それは、民主主義と資本主義(会社組織)の
構造的な違いにあります。
民主主義社会では、国民(従業員)の一票で
政治家(リーダー)を選べますが、
会社ではそうはいきません。
上司の上司にとって「使い勝手が良いか」
「よく言うことを聞くか」
「忖度ができるか」。
そうした基準で選ばれた人間が、
現場の指揮を執ることになります。
いわば、会社とはちょっとした
「権威主義社会」なのです。
その仕組みを理解せずに真っ向から戦うのは、
岩に爪を立てるようなもの。
2025年の私が学んだのは、システムそのものに
絶望するのではなく、
そのシステムとの「距離の取り方」でした。
結論:お先に チョイトゴメン
通じない言葉で会話するとに疲弊する
くらいなら、
関わらない、あるいは諦める。
そして、私がお勧めしたい
2025年最強の処世術はこれです。
「お先に チョイトゴメン」
と、軽やかにその場を逃げ出してしまうこと。
自分の軌道を自分らしく転がり続ける
「Rolling 66」の精神でいえば、
理不尽な上司に捕まっている時間は
一秒もありません。
2026年もきっと、理不尽は形を変えて
現れるでしょう。
そんな「逃げの美学」さえ持っていれば、
仕事の思い出はもっと軽やかで、
自由なものになると思うのですが?。








